Headquarters for emergency disaster control evacuated to 60km area before citizens

 

Headquarters for emergency disaster control in Fukushima evacuated to 60 km leaving the citizens behind in 20km area on 3/15/2011.

LDP Upper House member, Mori Masako, who is from Fukushima pointed it out in Japanese diet on 9/28/2011.
Ikeda Motohisa, the chief of emergency disaster control comments on his blog,
they evacuated after having self defense force evacuate 96 of old people. They confirmed everyone evacuated from the 20km by the time when they left.

However, a farmer (43) in Namiemachi, 20km area talks, they were not informed of anything by the government or Fukushima local government on 3/15. As far as he knows, more than 50 town citizens remained in 20km area. In Kodaka ku of Minamisoma, most of the citizens remained there too.

Also, the chief of fire company in Namiemachi (45) says,
by 3/16/2011, about 1,000 of the town citizens remained in the town. Mobile phone was out of signal, government or Fukushima prefecture did not help them at all. By the noon of 3/15/2011, about 400~500 were still staying there.

Source

原発災害本部長に“トンズラ”疑惑!住民見捨て逃げたと国会大炎上
2011.10.13
福島第1原発事故の現地災害対策本部長は、被災者を見捨てて逃げ出したのか-。事故直後、その任に当たっていた民主党の池田元久前経産副大臣(70)を、地元選出である自民党の森まさこ参院議員(47)が国会で糾弾し、池田氏が「事実無根だ」と森氏の懲罰動議を要請する大バトルになっている。震災から7カ月。果たして、被災者が知る“事実”はどうなのか。

最大の焦点は、事故直後の3月15日、池田氏が第1原発がある福島県大熊町のオフサイトセンター(OFC)から、約60キロ離れた福島県庁に拠点を移動したときの行動。

森氏は先月28日の参院予算委員会で「その時、現地にいたのは当時の池田副大臣ですよ。私は、池田副大臣が先に逃げたのを知っています。子供たちを置き去りにして、遠くの60キロ地点まで逃げ出しました」と断言したのだ。

事実なら、対策本部長にあるまじき愚行。民主党政権の信頼に関わる重大問題である。池田氏は自身のHPで次のように反論し、森氏への懲罰動議を要請していることを明らかにした。

《14日夜、原子炉の状況が深刻になったことから、本部と協議し、本部の判断で(福島市に)移転することになりました。住民はその時点ですでに(第1原発から20キロ圏外の)避難区域外へ避難が完了しているとはいえ(中略)翌日午前中、区域内を捜索しました》

《重症のお年寄り96人が居ることが判明し、直ちに自衛隊車で区域外に移動してもらいました。この状況を見届けた上、15日正午に現地対策本部の各班が車列を組んで福島県庁へ出発しました。『私が先に逃げた』とは何を根拠にいうのでしょうか》

一体、どちらの言い分が本当なのか。

20キロ圏内の浪江町で、酪農を営んでいた男性(43)はいう。

「池田氏が『住民の避難が完了していた』というのはおかしい。15日の時点で、浪江町では国からも県からも何の連絡もないまま、私が見ただけで子供も含む50人以上の町民が取り残されていた。南相馬市の小高区でも、ほとんどの住民が残っていたことを確認しています。20キロ圏内すべての住民の避難を見届けたなど、あり得ない」

同じく、浪江町内の地域センターで避難者の世話をしていた消防団員の男性(45)も「当時1000人ほどの町民が避難していましたが、二本松市への移動が完了したのは16日の話。その間、携帯もつながらず、国も県も何の手助けもしてくれなかった。15日正午の時点でも、400-500人は残っていた。池田氏の主張には無理がある」と語る。

これでは、「置き去りにして逃げた」と批判されても仕方ない。

夕刊フジで改めてコメントを求めたが、1週間以上たっても、池田氏から返答はなかった。

 

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