[コラム] 国の運命は変えられなくても、自分の運命は変えられる

This is the Japanese version of this column.

 

僕はグーグルランクマニアではありませんが、去年の11月からFukushima Diaryのサイトのトラフィックを見るのはやめていました。
サイトのトラフィックは去年の9月から減り始めており、福島の問題に本当に関心のある人だけが最終的に残ってくれるんだろうと思っていました。その時から、僕の主な目的は福島を、「その日」が来るまで世界から忘れられないようにすることでした。

しかし今から約一ヶ月前、トラフィックが上がり始め、なぜか爆発的な勢いで上昇を続け、今でもそのレベルのまま推移しています。なぜか理由は全く分かりません。

ルーマニアで会社を作り、ビザをとる。全てが初めての経験で、ルーマニアにとってもレアなケース。何をやっても問題だらけ。
銀行などに関しても先週は問題続きで自分を集中させるのが難しい状態でした。
でもなぜかなんとか行っています。どういうわけか、なぜか少しづつ問題が解決されてきています。
道のないところを這い進む生活のなかで、諦めてはいけないということを身にしみて理解しました。抜け穴はいつも見つかるらしい。もちろん、身が軽ければ軽いほど通りぬけ易いわけですが。
不安に苛まれ、恐怖に足がすくむこともあります。自暴自棄になってしまいそうな時もあります。しかし世の中がうまく出来ているのは、明日という日は絶対に予想したとおりにはいかないということです。

今から一ヶ月。おそらく日本では誰もが選挙のことを話してると思います。世界の日本に関するニュースも選挙についてのことばかりでしょう。しかし我々に出来る事はもう非常に限られています。
おそらく、この選挙は何ヶ月も、何年も、何十年にも渡って続いてきた過程の到達点であり。我々が動くには遅すぎるのです。少なくとも日本ではそういう状態です。
おそらく自民党が勝つ。原発は再稼働され、人々の権利は危険なほど制限され、活動家と呼ばれる人たちは隅に押し込まれます。僕が2年前に日本を出た理由の一つにはこれがあります。
もう既に未来は決まっている。

しかし我々は諦めてはいけない。国を変えられなくとも、我々自身のことは変えられる。自分自身を変えられる。明日を変えられる。どこに住むかを決めるのは我々自身で、どういう死に方をするかを決められるのも我々自身。だから自暴自棄になっては絶対にいけない。
種を蒔き続けなければいけない。我々を助けられるのは我々以外にはいないのだから。

 

 

 
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