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[Column] On the bus

In the morning, I felt really sick on the bus to go to the company. It wasn’t car sickness. I was going to tell them I would quit the company

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[コラム] 仕事と息抜きが分離し始めると危険

福島のこととは少し関係なのですが、普段Tweetしている内容を少し膨らませてFukushima Diaryにも書いてみようと思います。 2~3年前、Lifehackerというブログが好きでよく読んでいました。色々な人の小知恵が書いてあって参考になりました。僕のはそこまで賢くないですが、少しでもみなさんの参考になればいいなと思います。 ただ、最近はLifehackerも読者が減少傾向にあるようで、記事数を無理矢理増やすために内容が薄くなっていますね。同じブログをやっている人間として、気持ちは痛いほど分かります。これはBlogosphereにいる人間共通の悩みだと思います。   ところで、よくFukushima Diaryはジャーナリズムにしては偏ってるし、アクティビストにしては甘いなどとよく言われます。これは僕自身がそのどちらでもなく、例えるなら「北斗百裂拳」を主犯に浴びせているつもりでやっているからです。記事の一つ一つが秘孔を突くことを願いながら。 あまりに一日中やっているのでよく心配されます。”たまには息抜きも必要だよ。”と。 でも僕としてはこれは息抜きであり、同時に仕事でもあるのです。もちろん眼精疲労や尻が痛くなったりなど肉体的な疲労はありますが、精神的にはさほど疲れません。「仕事」と「息抜き」が一体になっているのだと思います。 逆に息抜きが必要になった時、それは終わりの始まりだと思います。それほど多くはありませんが、これまで何人かの経営者、アーティスト、ブロガーを見てきました。共通するのは、息抜きを取った後に見られる停滞です。これは息抜きを取ったことによるのではなく、息抜きを必要とするほどその作業に飽きてきた、ということを表していると思います。 人間飽きるのは当然のことなのですが、それは作業に新しいチャレンジを取り込めという知らせであり、息抜きをしたからといって解決するわけではありません。例えば一週間や一ヶ月のバケーションをとったところで、それまでの飽きを忘れるわけはないでしょう。それどころか、息抜きから戻ってくると余計重圧が大きくなります。たまったメール、支払い、ブロガーの場合はトラフィックも下がっていることでしょう。 マラソンと同じで、一度とまってしまうと再びペースを戻すことは大変なのです。 人間は当然息抜き状態の方が好きなので、早くも次の息抜きを考えだしてしまうでしょう。 では休みなく働き続ければいいのでしょうか。そうではありません。有名アーティストでも活動休止の後に素晴らしい作品を出したケースは沢山あります。それらに共通するのは、新しい共演者やテクニック、視点を元の活動にもたらしている点です。これは息抜きではなく、研究期間と呼んでもいいでしょう。 飽きることは成長することともいいます。飽きた=せっかく成長したのに、そこで事業をダメにしてしまってはもったいありません。それまで自分で培ってきたものに、全く新しい要素を加えることでさらにオリジナリティを高める。これこそが理想的な”気分転換”なのだと思います。ただ旅行に行くのではなく、旅先で積極的に色んな人と話をしてみる。ただ映画を見るのではなく、製作の裏側、なぜこのタイミングにこのテーマで出しているのかというマーケティング戦略などを探ってみるのもいいかも知れません。 というわけで、こういうコラムも書いてみました。w でわ。     Iori Mochizuki

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[Column] If I had my room.

It’s been about 10 months since I left Japan. I have been travelling 8 countries (Source = my passport) , stayed at more than 20 places. I want to think